米名門大学のYale University (イェール大学)のEndowment Fund(大学基金)はこれまでの20年間に実に年平均+14.2%のリターンを挙げ、基金の規模を7倍に拡大させており、米国の大学基金に限らず世界中の機関投資家や年金基金から注目を集めている。
イェール大学基金の2011年度の運用リターンは+21.9%で、2011年度末時点での運用資産は194億ドル(約1兆5500億円)、直近の10年間では基金の資産総額は107億ドルから194億ドルまで拡大している。
一方の気になる支出においては、2011年度は投資収益の36.1%にあたる9.87億ドルを計上している。 支出面も資金の好調な運用資産の拡大に伴い、過去10年間で3.38億ドルから9.87億ドル・対収益比率では25%から36%へと推移している。 10年間で支出は3倍となるなか、運用資産は約2倍に増加しており、また支出は運用収益の36%という水準を保っている。
この理想的に見えるイェール大学基金の10年間の運用結果においても、リーマンショック後の2008 - 2010年の3年間は年間で+4.5%、-24.6%、+8.9%と金融危機の影響からの運用成績の一時的に大きな落ち込みを経験しているが、2009年の-24.6%以降はいち早くプラス収益に転じている。(前年の2007年度は+28%の運用収益を記録)
このイェール大学の、長期間にわたり好成績を挙げつつ、苦しい経済市況化でも損失を低く抑えまたは運用益をあげる基金の運用手法を以下に記します。
まず以下が政策アセットミックスです。 イェール大学基金のアセットアロケーション(政策アセットミックス)
(*天然資源はオイル、ガス、金属、ミネラルなど)
政策アセットミックスにおいての注目点は、 プライベートエクイティと不動産の非流動性資産が過半数を占めています。 またインフレーションに対してのヘッジが期待できる実物資産(不動産と天然資源)には全体の約30%の資産を配分しており、伝統的な投資対象である国内外の株式・債券は合わせても20%弱となっている。 イェール大学基金は過去20年間において積極的に米国内の株式・債券といったアセットクラスから、プライベートエクイティ・不動産や天然資源といったアセットクラスへの比重を拡大させており、1991年時に53%の資産配分をされていた米国内の株式・債券は2011年時では11%となっている。 代替資産と呼ばれる"オルタナティブ資産"においては全体の80%に達しており、もはや代替資産ではなく主力資産といえる。
このような政策アセットミックスを実現している理由として、イェール大学基金の方針としての"長期にわたる持続的な基金の存続"という大命題を達成するための科学的・学術的なアプローチにある。 長期間の持続的な基金存続に必要な条件として、"インフレーションへのヘッジ"と"市場平均よりも高いリターン"が大前提になっており、その為に株式や債券市場などの"流動性は高いが短期の市況に左右され大きな利益を上げる機会の少ないアセットクラス"よりも、"流動性が低くとも経済サイクルや市場の非効率性を捉え、積極的な投資運用による利益の最大化が可能なアセットクラス"が適しているという考えがもとになっている。 こういった基金の性格から、プライベート・エクイティや不動産といった長期の投資サイクルを必要とし流動性は低いが優れた運用会社を通じることで高いリターンを期待できる非流動性資産と、天然資源や不動産といったインフレーション感応型の資産が60%を超える政策アセットミックスとなっている。
さらに詳しく踏み込んで、 イェール大学基金が分類する7つのアセットクラスと、各アセットクラスに対するイェール大学基金の考察は以下になります(以下英語アルファベット順)
1.絶対収益 (Absolute Return) - 政策アセットミックス 17% いまでこそ市場に浸透しているヘッジファンドやマーケットニュートラルといった絶対収益戦略とは、そもそもイェール大学が1990年に機関投資家として初めて採用したことことから知られるようになった運用手法(資産クラス)です。 1990年当初は15%の運用資産を絶対収益クラスに配分し、2011年では17%となっている。(注目としては2011年時点での他の大学などの教育基金の絶対収益クラスへの平均資産配分は23.7%) この資産クラスにおいては市場の非効率性を投資機会として長期的に高いリターンを上げることを目標としており、投資の半分は"イベント・ドリブン型"の企業の合併、スピンオフ、破産・更正といった市場イベントを活かしてから利益を上げる戦略へ、もう半分は"バリュー・ドリブン型"の本来の価値から乖離してい資産の価格を利用した戦略へ振り分けている。各戦略ともに外部の運用会社を通じて投資している。 各戦略ともに期待利益は6.0%、変動リスクはイベント・ドリブン型は10.0%・バリュー・ドリブン型は15.0%を見込んでいる。
2.米国内株式 (Domestic Equity) - 政策アセットミックス 7% 他の米大学などの米教育基金の米国内株式への平均資産配分は18.0%だが、イェール大学基金はわずか7.0%を米国内株式へ配分している。イェール大学基金の米国内株式への期待利益は6.0%、変動は±20%を想定している。 運用手法としては、広くブルーチップと呼ばれる優良株式にバスケット投資するのではなく、企業価値よりも割安な株価の企業への投資をすることに長けている運用会社などを好む。
3.債券および現金 (Fixed Income) - 政策アセットミックス 4% 米国債などの国債については、突然の経済市場におけるアクシデントやデフレーションといった事態においては有効な投資対象と評価しながらも、イェール大学はほとんど興味を示していない。資産配分は現金とあわせても全体の僅か4.0%となっている。(他の米教育基金は平均12.4%) 期待利益は2.0%、変動リスクはは10.0%を見込んでおり、ベンチマークにはバークレイズ・キャピタル米国債1-5年インデックスを採用している。
4.外国株式 (Foreign Equity) - 政策アセットミックス 9% 全体の9%が配分されている外国株式の内、4.0%が先進国株式、2.5%が新興国(エマージング)株式、2.5%が中国・インドを中心とした長期間の株式の集中保有によって利益を期待できる海外のオポーチュニスティな株式、といった配分になっている。 他の米教育基金の外国株式への政策アセットミックスは平均19.5%。 先進国株式の期待利益は6.0%で変動リスクはは20.0%、新興国(エマージング)株式の期待利益は7.0%で変動リスクはは22.5%、ベンチマークにはモルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル(MSCI)の各市場のインデックスを採用している。
5.天然資源 (Natural Resource) - 政策アセットミックス 9% イェール大学基金の分類する天然資源資産とは、石油、ガス、森林木材、金属、鉱物といった資産。 インフレーションに対して有効なインフレ感応資産、実需にもとづいた高いキャッシュフロー、多様性といった特徴を高く評価している。 基金の資産の9%を天然資源に充てており、期待利益は6.0%で変動リスクは13.6%と評価している。 また優れた運用マネージャーを通じることによって、長期の市場サイクルの中の価格の非効率性から大きな利益をあげられる資産クラスとしている。
6.プライベートエクイティ (Private Equity) - 政策アセットミックス 34% 政策アセットミックスのうち最大の34%を占めるプライベート・エクイティに対しては、『基金にとって最も必要な、長期のリスクを調整し利益を上げる事のできる究極に魅力的な投資対象』と評しており、1991年の投資開始以来の平均投資リターンは年間30.3%を記録しているイェール大学基金の政策アセットミックスの柱。 ゆえにイェール大学基金のプライベートエクイティ投資は最高の実績をもつ機関投資家向けPE投資モデルとして、ハーバード大学をはじめとした数多くの機関投資家向けの研究ケーススタディに引用されるなどしている。 プライベート・エクイティ投資に対しての期待利益は10.5%で変動リスクは27.7%と評価しており、プライベートエクイティにはベンチャーキャピタルファンド、バイアウトファンドなども含まれる。 投資手法としては、パートナーシップ型のファンドへ出資を行う形態によって投資しており、長期的に投資先企業と信頼関係を築き企業価値を上昇させることのできるバリューアッド型の運用ファンドを採用している。 運用会社選定の特徴としては、利益の相反と人員の不定着性への懸念から金融機関がスポンサーをしている運用会社のファンドへの投資は行っていない。
7.不動産 (Real Estate) - 政策アセットミックス 20% プライベートエクイティに次ぐ20%を投資配分する不動産はイェール大学の目指す長期の基金運用には不可欠のアセットクラス。 長期間に渡って安定したインカム(賃料収入)と、インフレーションをヘッジしながらも将来的な値上がり益を享受できる利点がイェール大学基金の長期運用戦略をプライベートエクイティ・天然資源と補完し合い支えている。 規則的な市場サイクルを持った資産であり、優れた運用マネージャーを通じて各市場・各サイクルの決定機を捉えバリューアップすることにより多大な付加価値を加えることが可能ながらも、安定した固定収入も期待することが可能な資産として、長期運用においては大きな意味を持つ資産クラスとしている。 不動産へは1978年の投資開始以来、年平均12%のリターンを記録している。期待利益は6.0%で変動リスクは17.5%と評価している。 他資産と比べて不動産の取引には、長い期間、コスト、専門的知識といった固有の要因があるため、優れた経験と能力を持つ運用会社を選定することが鍵としている。
各アセットクラスに対するイェール大学基金の考察は以下になります。 全体の特徴としては、長期運用に特化したアクティブなポートフォリオといえる 従来の伝統的資産である米国債や現金といった資産には手元流動性資金程度の配分(4%)しか行っておらず、 国内外の株式へは市場の非効率性を捉える投資運用(16%)、 市況に関係なく収益を目指す絶対収益資産には(17%)、 残りの(63%)をプライベートエクイティ、不動産、天然資源といった、『インフレーション感応型』、『市場サイクル型』、『長期運用型』といった3つの要素を各資産クラスが補完しあうように配分しており、 『インフレーション』、『市場サイクル』、『長期運用』といった3大元素が、恒久的な基金の存続を目指すイェール大学基金の運用戦略を構成している。
Source / 情報提供 : イェール大学基金
Edited & written by Yukihiko Ito (伊藤 幸彦)
本記事は弊社ニュースレター『海外年金 & SWFのオルタナティブ投資News』2012年10月2日版のものです。 本記事に関しましてのご質問またはお問い合わせはinfo@japanplacementagent.comまでお願いいたします。
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